2007年03月22日

背負わされた十字架

もう、どのくらい前のことだろうか。
当時僕は、ある出版社に勤めていた。
その会社のクリエイティブ事業部という部門で
イベントや講演会、コンサートなどを
自治体に営業する仕事に従事していた。

どこでどうそういう話になったか覚えていないが
ある人物のコンサートを京都府の精華町役場というところで
開催することになった。

当時の僕のサブで営業していてくれた子が色々調べてくれて
彼の連絡先をつかんでくれたように記憶している。

彼の名前は、新垣勉(あらがきつとむ)という。
10年近く前だっただろうか。

今なら少しは彼の名前を知っている人はいるかもしれない。
ただ、当時はほとんど彼の名前は知られていなく、
彼は、一人のアシスタントマネージャーを連れて
このような小さなコンサートを全国行脚していた。

彼は歌手である。
戦後まもなく、アメリカ兵の父親と日本人の母親の間に沖縄で生まれた。
生まれて直後、産婆さんの手違いで失明。
父親は、すぐにアメリカに帰国。
母は、再婚駆け落ちし、祖母に育てられた。

12歳のときに最愛の祖母に先立たれ天涯孤独に。
世の中を恨み、いつかはアメリカに飛び父親を殺してやる。
そんなアウトローな人生を歩みかけていた。

彼の人生を変えたのは2つあった。
ひとつは、ある神父さんとの出会い。
もうひとつは、彼の歌声。

小さいころから歌好きの祖母から歌を教えられ
近所でたくさんの人を喜ばせていた。
本格的に歌の世界で生きていこうと決心したのは
あるオーディションテープを聴いた大学の先生の一言。

「日本人でこんなラテン系の日本人離れした歌声は初めてだ。」
「ぜひ、うちで勉強しなさい。」

もちろんテープだけを聴いた先生は、彼がハーフなどとは知らない。
新垣勉とう日本人だと思っている。

彼の父親は、ラテン系アメリカ人だった。
殺したいとまで憎んだ父親。

その父親の血のおかげで、今、世界が変わろうとしている。
そのとき、新垣さんの人生が本当に変わった。
今ではラテンの骨格を授けてくれた父に感謝している。

実際、楽屋での彼は本当に明るかった。
送迎の車の中では、FMラジオの歌にあわせて鼻歌を。

目は見えないが、色には敏感だ。
「今日の衣装は何色?」
新垣さん、赤のジャケットに白のパンツですよ。
「僕は、ビビッドなほうの赤がすきなんだけど。」

正直、彼には色を感じることができていたように思う。

世の中には、色々な問題が起こりそれを理由に
現実を恨みたくなることがたくさんある。
でも、ある出来事に、良い・悪い、は存在しない。
ただ事実があるだけだ。
その出来事を、その人がどのように捕らえるか。
自分自身の考え方次第だ。

久しぶりに、ラジオから彼の歌声が聞こえてきた。
ボブディランの「風に吹かれて」を歌うその声は、
時間を越えて、あのときの無邪気な笑顔を思い出させた。

「答えは、風に吹かれて」
少し有名になった新垣さんだけど、また、いつか会いたいなと思った。





さとうきび畑



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yoshikatuo26162 at 19:30 │Comments(2)TrackBack(2)clip!ライフスタイル  | ライフスタイル

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1. 千の風になって 秋川雅史 VS 新垣勉!  [ まるさんの音楽談義ほか ]   2007年03月23日 00:45
秋川雅史もよいですが、少し前に同じようにブレイクした新垣勉も非常にいい声をして
2. 成功者とあなたの違いは、 ある方法を知っていて、それをやっているかどうかだけです。   [ 私が儲かった方法を正直に暴露します! ]   2007年03月23日 06:36
始めてからわずかひと月で500万の収入を得た私のノウハウを、 【あなただけ】にお教えします。 【このノウハウ】は、はんぱではないですよ。 それほど自信があります。これはしっかり説明しますので、あとで見てくださいね。

この記事へのコメント

1. Posted by まるさん    2007年03月23日 00:44
やまちゃんさん(でいいのでしょうか)トラバありがとうございました。新垣さんと一緒にお仕事されたなんて、すごく貴重な体験ですね!
2. Posted by yama    2007年03月24日 12:15
まるさん、コメントありがとうございます!すごくピュアないいかたでしたよ。

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